団員の声(感想文)
残念だったのはいつもお会いする方々と再会できなかったこと
第二班 柴﨑班 本間潤子
今年も台湾慰霊訪問の旅に参加させて戴きまして有り難うございました。例年斎行されている飛虎将軍廟や保安堂、宝覚寺や濟化宮の他、忠烈祠や海尾朝皇宮等の慰霊祭や慰霊式、献花式に参列し、黙祷させて戴きました。
今回は、新しくなった奇美博物館や鄭成功の安平古堡(ゼーランジャ城)や古蹟後壁黄家の中庭や宜蘭の西郷庁憲徳政碑等を見せて戴き感銘を受けました。奇美博物館のスケールの大きさは日本にもないのではないかと思われました。鄭成功の物語は以前読んだ事があったので一度行って見たいと思っていました。西郷菊次郎はNHKの大河ドラマで見ていて台湾での事業を知りたいと思っていました。あの堤防から見た風景が素晴らしかったです。
各所での歓迎会に招いて下さった台湾の方々とも温かく歓談することが出来ました。ご準備戴いたお料理も美味しくて、充実した4泊5日間でした。しかし、残念なことは、昨年、一昨年とお会いしお話させて戴いた従軍看護婦の皆さんにお会い出来なかったことでした。かなりご高齢の方々だったので無理もないかも知れません。
もう一つ残念だったことは、私たち慰霊訪問団が訪台中に行われた台湾の統一地方選挙で民進党が大敗した事です。小菅団長は「私たちは慰霊に来たのだから政治には関係ありません」と言われましたが、私もそう思います。しかし、中国からの経済的圧力や利益誘導があったに違いありません。共産党一党独裁の政治体制が台湾の国民を幸福にするとは思えませんが、どうか政治的に賢く乗り切って、いつまでも繁栄し続けていって欲しいと心から願いました。再び、二二八事件等が起きることがないようにと祈ります。
第20次 団員の声(感想文)全38件
- 「学習資料」により知識を深めた(横尾秋洋)
- 台湾慰霊訪問団が誕生して20歳(はたち)になりました(田中道夫)
- 小菅団長を支える支柱として慰霊訪問団を継続する決意(原田泰宏)
- 毎回忘れがたい感動と思い出がある(富原浩)
- 11月22日は『台湾慰霊訪問の旅』と教えてあげましょう(田口俊哉)
- 百聞は一見にしかず(大山猛)
- 台湾と英霊(高橋幸久)
- 数々の節目の年に参加できて感謝(榊原みどり)
- 胸をえぐられた 周良仁会長の「皆さん後を頼む!」のひとこと(柴﨑一郎)
- 平成の御世、最後の慰霊訪問の旅(倉田光男)
- 「独立自尊」を教えられた旅(湯下雅俊)
- 「7班」と書かれたプレートのお蔭で生まれた小さな交流(鬼塚曜)
- 英霊の御霊のお陰様で、私たちの暮らしがある(久野貴子)
- 大きな達成感と清々しい気持ちで帰宅(岩附辰夫)
- 海の彼方のニッポンを訪ねて(牧之瀬千保子)
- 夢に出てきた森川巡査(根之木昭憲)
- 台湾の地なら今後も訪れたい心境です(真栄田強)
- 台湾における慰霊の在り方やその継続性について考えさせられた(堀明彦)
- 人のために生きる心が足りていない(宮﨑勇気/専修学校2年)
- 初めてだった父との二人旅(江藤敏伸)
- 今の自分に出来ることは、継続してこの旅に参加すること(木下栄次)
- 国を愛し、家族を愛し、頑張らなくてはと痛感(中山雄夫)
- 世界から尊敬される日本国に蘇らせなければならない(松永達始郎)
- 残念だったのはいつもお会いする方々と再会できなかったこと(本間潤子)
- 「歴史を知らない自分に気づかされた」大発見の旅(森澤満子)
- 尊敬される国に戻りたい(茅野櫻/中学3年)
- 私達にもできること(茅野慧/中学1年)
- 慰霊訪問の主旨が理解でき、感激もひとしお(石橋三之助)
- 将来の日本国の危機を想う(道崎光義)
- 慰霊訪問への参加が私の価値ある生き方と確信(津田建一)
- 第20次台湾慰霊訪問の旅が意味するものとはなにか(福田章枝)
- 生かされている限り参加したい台湾慰霊訪問の旅(久保山一雄)
- 生まれて初めての「天皇陛下万歳」の三唱に感動(宮地惠津男)
- この慰霊訪問こそ子供達の修学旅行に相応しい(宮地芳子)
- 訪問を重ねる毎に学びと交流が深まっていくことを実感(大石憲)
- 台湾慰霊の旅を終えて(泉邦芳)
- 湾生なのに台湾のことを何も知らなかった(江藤憲一)
- あの感動は言葉では表わせません(井口保二・井口婦美子)