団員の声(感想文)
世界から尊敬される日本国に蘇らせなければならない
第一班 榊原班 松永達始郎
まずはこの旅を周到に企画運営された小菅団長はじめ、スタッフの方々に感謝の意を表します。最大77名もの参加者が、無事慰霊訪問を完遂できたことは、参加者全員と主催者側の目的意識がマッチしたればこそと感動いたします。
私は連続で3回目の参加ですが、慰霊訪問20年目、明治維新150年という節目に参加できたことは、幸運というか、因縁すら感じざるを得ません。11月25日の宝覚寺での慰霊祭に合わせて慰霊訪問が挙行されるのですが、その前後で毎回外されない飛虎将軍廟、保安堂、濟化宮、さらに台湾各地の寺・宮・廟・祠での功績のあった日本人等々の慰霊式や献花式を斎行する行程にはいつもながら感涙致します。
今回新たに忠烈祠(献花式)、奇美博物館、安平古堡、海尾朝皇宮(献花式)、古蹟後壁黄家の「福建様式の中庭」を参拝や訪問できたことは誇りに思います。更に宜蘭の西郷廳憲徳政碑(西郷菊次郎の郡守徳政碑)に献花し、NHK大河ドラマに出てくる菊次郎の功績を目の当たりに出来たことは、明治維新150年に相応しく感動しました。ここで思ったことは、西郷隆盛や坂本龍馬等々、明治の偉人と言われた人々が生きて活躍していれば、世の中は本当に変わっただろうか?
大東亜戦争で台湾の同胞を含む膨大な数の人々が散華されました。戦後日本は復興し高度経済成長を遂げたとはいえ、現在は少し状況が変わってきているように思います。国内外の争いはいまだに無くなりません。人間は争そっていなければならない動物なのでしょうか? 世界が平和と協働という考えにならないものでしょうか。
台北駐福岡經濟文化辦事處の戎義俊前處長が、以前講演で言っておられました。「世界で一番好きな国、世界で一番親しみを感じる国は、日本。台湾人が再び明治維新の影響力を評価すべきではないかと思っている。日本が世界に尊敬される理由は『明治維新』にあったと思う」と。日本人こそがその真髄を思い起こし礼節を敬う、世界から尊敬される日本国に蘇らせなければならないと考えます。
第20次 団員の声(感想文)全38件
- 「学習資料」により知識を深めた(横尾秋洋)
- 台湾慰霊訪問団が誕生して20歳(はたち)になりました(田中道夫)
- 小菅団長を支える支柱として慰霊訪問団を継続する決意(原田泰宏)
- 毎回忘れがたい感動と思い出がある(富原浩)
- 11月22日は『台湾慰霊訪問の旅』と教えてあげましょう(田口俊哉)
- 百聞は一見にしかず(大山猛)
- 台湾と英霊(高橋幸久)
- 数々の節目の年に参加できて感謝(榊原みどり)
- 胸をえぐられた 周良仁会長の「皆さん後を頼む!」のひとこと(柴﨑一郎)
- 平成の御世、最後の慰霊訪問の旅(倉田光男)
- 「独立自尊」を教えられた旅(湯下雅俊)
- 「7班」と書かれたプレートのお蔭で生まれた小さな交流(鬼塚曜)
- 英霊の御霊のお陰様で、私たちの暮らしがある(久野貴子)
- 大きな達成感と清々しい気持ちで帰宅(岩附辰夫)
- 海の彼方のニッポンを訪ねて(牧之瀬千保子)
- 夢に出てきた森川巡査(根之木昭憲)
- 台湾の地なら今後も訪れたい心境です(真栄田強)
- 台湾における慰霊の在り方やその継続性について考えさせられた(堀明彦)
- 人のために生きる心が足りていない(宮﨑勇気/専修学校2年)
- 初めてだった父との二人旅(江藤敏伸)
- 今の自分に出来ることは、継続してこの旅に参加すること(木下栄次)
- 国を愛し、家族を愛し、頑張らなくてはと痛感(中山雄夫)
- 世界から尊敬される日本国に蘇らせなければならない(松永達始郎)
- 残念だったのはいつもお会いする方々と再会できなかったこと(本間潤子)
- 「歴史を知らない自分に気づかされた」大発見の旅(森澤満子)
- 尊敬される国に戻りたい(茅野櫻/中学3年)
- 私達にもできること(茅野慧/中学1年)
- 慰霊訪問の主旨が理解でき、感激もひとしお(石橋三之助)
- 将来の日本国の危機を想う(道崎光義)
- 慰霊訪問への参加が私の価値ある生き方と確信(津田建一)
- 第20次台湾慰霊訪問の旅が意味するものとはなにか(福田章枝)
- 生かされている限り参加したい台湾慰霊訪問の旅(久保山一雄)
- 生まれて初めての「天皇陛下万歳」の三唱に感動(宮地惠津男)
- この慰霊訪問こそ子供達の修学旅行に相応しい(宮地芳子)
- 訪問を重ねる毎に学びと交流が深まっていくことを実感(大石憲)
- 台湾慰霊の旅を終えて(泉邦芳)
- 湾生なのに台湾のことを何も知らなかった(江藤憲一)
- あの感動は言葉では表わせません(井口保二・井口婦美子)