団員の声(感想文)
夢に出てきた森川巡査
第三班 副班長 根之木昭憲
私は福岡県警在職中、当慰霊訪問団の松俵義博常任顧問から、台湾で神様になった日本人、森川巡査が祀られている「富安宮」の存在を知らされ、第18次から2年続けてお宮や森川巡査の木像を拝謁した。
遡ること大正12年、嘉義県の小村で疫病が流行したころ、その20年前に村人の犠牲となって政府と争い自決までした森川巡査が死後も村を守るため、再び村長の夢枕に現れ予防法を伝えたお陰で、やがて疫病は沈静化し、その恩返しに森川巡査の冨安宮を建立したという経緯を知れば、警察に育てられた私の巡査魂はやはり今回の旅も当然「富安宮」との再会に胸を踊らせた。
そして20次の旅の栞が届いたとき、全日程の中に富安宮が見当たらなかったが、何かの間違いと都合よく解釈し、11月22日福岡空港に向かった。
出発ロビーで小菅団長と顔が合った時、私の心を見透かしたように団長から、「今回は富安宮は無いですもんね」と言われ、記載漏れの期待はたちまち消えてしまった。
旅の2日目、日本軍人がここでも神と祀られた「鎮安堂飛虎将軍廟」のきらびやかな造りや、大理石の柱に刻まれた「正義」「護國」などを見たとき富安宮の光景と重なり、国境を越えた台湾の人々の心の温かさをつくづく感じた。
そして夕刻、海に散った日本海軍を供養するため造られた「保安堂」の慰霊式では軍艦マーチが鳴り響き、松俵顧問が奉納した龍の柱2本がしっかりとお堂を支えており、ここでも国境を越えた日本人と台湾人の力強い絆を見た。
保安堂前庭で行なわれた開放感溢れた夕食会での紹興酒は特に美味しく、血中アルコール濃度が200パーセントに達してしまった。
ところがその夜のことだった。私の深酒を諭すためか定かではないが、なんと森川巡査の富安宮が夢に出てきて驚いて目が覚めた。もっと紹興酒を控えていたら夢の中身を覚えていたのにと悔やまれたが、とにかく私は今回の旅ではただ一人、富安宮を訪れたと自己満足している。
平成11年9月21日に台湾中部で、平成23年3月11日には東日本でそれぞれ大地震が起った時、世界の中でも真っ先に救援の手を差し伸べた国は日本であり、台湾であった。
台湾の街ではゴミのポイ捨ても見ないし、狭い空き地でも広い駐車場であっても同じ向きにきちんと並んだバイクの列があり、それを見ただけで台湾人の道徳心の高さが垣間見えた。
当慰霊団の「結団の誓い」のサブタイトルに「日台の 生命(いのち)の絆 死守せむと 吾 日本の一角に起つ」とあるように、これからも魂の交流を大切にしていきたい。
第20次 団員の声(感想文)全38件
- 「学習資料」により知識を深めた(横尾秋洋)
- 台湾慰霊訪問団が誕生して20歳(はたち)になりました(田中道夫)
- 小菅団長を支える支柱として慰霊訪問団を継続する決意(原田泰宏)
- 毎回忘れがたい感動と思い出がある(富原浩)
- 11月22日は『台湾慰霊訪問の旅』と教えてあげましょう(田口俊哉)
- 百聞は一見にしかず(大山猛)
- 台湾と英霊(高橋幸久)
- 数々の節目の年に参加できて感謝(榊原みどり)
- 胸をえぐられた 周良仁会長の「皆さん後を頼む!」のひとこと(柴﨑一郎)
- 平成の御世、最後の慰霊訪問の旅(倉田光男)
- 「独立自尊」を教えられた旅(湯下雅俊)
- 「7班」と書かれたプレートのお蔭で生まれた小さな交流(鬼塚曜)
- 英霊の御霊のお陰様で、私たちの暮らしがある(久野貴子)
- 大きな達成感と清々しい気持ちで帰宅(岩附辰夫)
- 海の彼方のニッポンを訪ねて(牧之瀬千保子)
- 夢に出てきた森川巡査(根之木昭憲)
- 台湾の地なら今後も訪れたい心境です(真栄田強)
- 台湾における慰霊の在り方やその継続性について考えさせられた(堀明彦)
- 人のために生きる心が足りていない(宮﨑勇気/専修学校2年)
- 初めてだった父との二人旅(江藤敏伸)
- 今の自分に出来ることは、継続してこの旅に参加すること(木下栄次)
- 国を愛し、家族を愛し、頑張らなくてはと痛感(中山雄夫)
- 世界から尊敬される日本国に蘇らせなければならない(松永達始郎)
- 残念だったのはいつもお会いする方々と再会できなかったこと(本間潤子)
- 「歴史を知らない自分に気づかされた」大発見の旅(森澤満子)
- 尊敬される国に戻りたい(茅野櫻/中学3年)
- 私達にもできること(茅野慧/中学1年)
- 慰霊訪問の主旨が理解でき、感激もひとしお(石橋三之助)
- 将来の日本国の危機を想う(道崎光義)
- 慰霊訪問への参加が私の価値ある生き方と確信(津田建一)
- 第20次台湾慰霊訪問の旅が意味するものとはなにか(福田章枝)
- 生かされている限り参加したい台湾慰霊訪問の旅(久保山一雄)
- 生まれて初めての「天皇陛下万歳」の三唱に感動(宮地惠津男)
- この慰霊訪問こそ子供達の修学旅行に相応しい(宮地芳子)
- 訪問を重ねる毎に学びと交流が深まっていくことを実感(大石憲)
- 台湾慰霊の旅を終えて(泉邦芳)
- 湾生なのに台湾のことを何も知らなかった(江藤憲一)
- あの感動は言葉では表わせません(井口保二・井口婦美子)