団員の声(感想文)
小菅団長を支える支柱として慰霊訪問団を継続する決意
団長代行 原田泰宏
今回の台湾慰霊訪問の旅は、この旅が催行されて20年目であり、その節目となる第20次の旅に参加でき、大変光栄なことだと思っています。
慰霊訪問の旅、およびその参加者で構成する慰霊訪問団の意義や歴史については「旅の栞」の巻頭に小菅団長が述べておられますので、私は慰霊訪問の参加者の目で、この慰霊訪問の旅がいかに偉大な事業かということを述べたいと思います。
一口に20周年と申しますが、それは正に偉業です。この偉業を成し遂げるには、口には言い表せないご苦労があったと確信します。私は団員として慰霊訪問の旅に参加するだけですので、小菅団長はじめ事務局の方々のご尽力の全内容は知り得ませんが、外部から窺い知る表面的な事だけでも、膨大な労力が掛かっていると察することが出来ます。慰霊訪問団を実施するにあたって知り得たことを紹介しますと、先ずダイレクトメールの発送や、機関誌、新聞への広告、そして台湾特別講演会を開催すること等により慰霊訪問団員を募り、台湾の慰霊箇所や訪問先を先方と調整の上決定し、飛行機、貸切バス、ホテル、献花の手配をし、先方へのお土産や団員のための訪問先や関連する資料が準備されます。慰霊訪問の実施段階では、団長は経営する学院を留守にし、学院の職員も数名参加され、旅行の事務局として、団員の統率、訪問先での慰霊の運営や、団員のお世話をされます。更に団長は、訪問先や慰霊祭では日本を代表する日本人として挨拶や拝礼、祭文・祝詞の奏上をされます。団員に対しては、慰霊訪問の意義や訪問に関する日本の教育では知り得ない貴重な歴史の真実を、実例を交えながら語られます。帰国後は、訪問の記録作成、お礼状の送付、帰朝報告会が開催されます。これらは実際のほんの一部でしかなく、実際はもっと多くのことをされていると思います。慰霊訪問の準備から帰朝報告までの期間は、約1年間は掛かっています。1回の慰霊訪問の催行に準備等で1年間を掛けているのですから、小菅団長はじめ事務局の方々は20年の間ずっと慰霊訪問に携わっていることになります。この間には、健康上の問題等、催行が危ぶまれた時もあったと聞き及びましたが、1回も欠かさず20回、20年間も慰霊訪問を催行し、民間の団体として台湾の政府機関からもその業績を認められたというのは、一参加者から見れば、この慰霊訪問団を発足させ、継続されてきた小菅団長、事務局の方々の偉業であり、そのご尽力に敬意を表すると共に、訪問団に参加できたことは、大変光栄なことだと思っています。
さて、20回目の参加者は過去最大の79名になりました。これだけの人数ですと列車の乗り換え、訪問先でのバスの乗り降りや移動に伴う員数確認や移動そのものに時間が掛かり、予定通りの訪問が出来ないのではないかとの懸念を持ちましたが、今まで以上に団員の方が自発的に他の団員の方を誘導するなど、団の運営に当事者として係った方が多く見られたのが、今回の特徴の一つかと感じました。団として、より団結力が強くなってきたのではないかと思います。
慰霊訪問団の活動はご先祖様に対して、孫子に対して誇ることが出来ることであり、外国に対してもその正当性を主張できるものです。もっと多くの日本人に知ってもらいたい、賛同を得たいものです。
日華(台)親善友好慰霊訪問団の主柱は日本人としての良識と覚悟を持つ小菅団長です。「旅の栞」には慰霊訪問団の結論は、「台湾防衛は台湾人英霊との約束」「世界一の道義国家・日本の再建」が掲げられています。第20次の慰霊訪問団に参加して、小菅団長を支える支柱となり、慰霊訪問団を継続し、台湾防衛と日本の再建の実現に向けて尽力する、との決意をより強く持ちました。
第20次 団員の声(感想文)全38件
- 「学習資料」により知識を深めた(横尾秋洋)
- 台湾慰霊訪問団が誕生して20歳(はたち)になりました(田中道夫)
- 小菅団長を支える支柱として慰霊訪問団を継続する決意(原田泰宏)
- 毎回忘れがたい感動と思い出がある(富原浩)
- 11月22日は『台湾慰霊訪問の旅』と教えてあげましょう(田口俊哉)
- 百聞は一見にしかず(大山猛)
- 台湾と英霊(高橋幸久)
- 数々の節目の年に参加できて感謝(榊原みどり)
- 胸をえぐられた 周良仁会長の「皆さん後を頼む!」のひとこと(柴﨑一郎)
- 平成の御世、最後の慰霊訪問の旅(倉田光男)
- 「独立自尊」を教えられた旅(湯下雅俊)
- 「7班」と書かれたプレートのお蔭で生まれた小さな交流(鬼塚曜)
- 英霊の御霊のお陰様で、私たちの暮らしがある(久野貴子)
- 大きな達成感と清々しい気持ちで帰宅(岩附辰夫)
- 海の彼方のニッポンを訪ねて(牧之瀬千保子)
- 夢に出てきた森川巡査(根之木昭憲)
- 台湾の地なら今後も訪れたい心境です(真栄田強)
- 台湾における慰霊の在り方やその継続性について考えさせられた(堀明彦)
- 人のために生きる心が足りていない(宮﨑勇気/専修学校2年)
- 初めてだった父との二人旅(江藤敏伸)
- 今の自分に出来ることは、継続してこの旅に参加すること(木下栄次)
- 国を愛し、家族を愛し、頑張らなくてはと痛感(中山雄夫)
- 世界から尊敬される日本国に蘇らせなければならない(松永達始郎)
- 残念だったのはいつもお会いする方々と再会できなかったこと(本間潤子)
- 「歴史を知らない自分に気づかされた」大発見の旅(森澤満子)
- 尊敬される国に戻りたい(茅野櫻/中学3年)
- 私達にもできること(茅野慧/中学1年)
- 慰霊訪問の主旨が理解でき、感激もひとしお(石橋三之助)
- 将来の日本国の危機を想う(道崎光義)
- 慰霊訪問への参加が私の価値ある生き方と確信(津田建一)
- 第20次台湾慰霊訪問の旅が意味するものとはなにか(福田章枝)
- 生かされている限り参加したい台湾慰霊訪問の旅(久保山一雄)
- 生まれて初めての「天皇陛下万歳」の三唱に感動(宮地惠津男)
- この慰霊訪問こそ子供達の修学旅行に相応しい(宮地芳子)
- 訪問を重ねる毎に学びと交流が深まっていくことを実感(大石憲)
- 台湾慰霊の旅を終えて(泉邦芳)
- 湾生なのに台湾のことを何も知らなかった(江藤憲一)
- あの感動は言葉では表わせません(井口保二・井口婦美子)