団員の声(感想文)

真の歴史的史実を知らずして真の外交は不可能である

第五班 岩本班 永石辰郎

去る平成22年11月22日から26日まで4泊5日間の日程で陸軍航空士官学校五十八期生の同期生の日高誠兄の勧誘を受けて慰霊訪問団に参加する為、成田空港から「チャイナエアライン」にて台北空港(台湾)へ初めて旅立った。日頃私達は各種の著書、テレビ、ラジオ、新聞記事等のメディアに接し、それ等による当地の原風景やその土地の住民の生活や環境、また住民の言動並に歴史、文化など知識として知るが、昔から「百聞は一見に如かず」という言葉があるとおり、今まで知識として得た認識と現地に足をふみ入れ、心と体で体験する実感は正に天地の差ほどの相違があり、はじめて真実が理解できた。

台湾の歴史を繙いてみると日清戦争後、日本の勝利により明治28年割譲され、日本の領有地となったことは説明する必要もないが、明治政府は統治の基本を日本国内と同じとする方針のもとに住民に対する教育、文化、福祉政策などあらゆる分野に亘って善政をしいてきた。その影響が先祖代々現地民の間に浸透、受け止められているのではないかという実感を強く持った次第である。その最たるものは教育そのものであったと本慰霊団の団長として12年間に亘り活躍してこられた小菅亥三郎氏が訪問の各地で強調されていた。

戦後、台湾は1949年の共産党との内戦に敗れ、同年台湾への進出により現地民の惨殺があり、その数2万8千人に及び1987年に漸く戒嚴令も解除され1988年1月蒋経国の死去により、後を継いだ李登輝総統による善政がしかれ、日本との親善友好が一段と開花した時期でもあった。同総統は1996年初の総統直接選挙で当選し第9代総統となり2000年5月任期を終えて退任されている。そしてご在任中の政治理念として指導者は邪な心をもってはいけない。私をもってはいけない。「私は私でない私」であるという自らの心情を述べていらっしゃることも知り、ご人徳の高さに敬服いたした次第。その後2008年の選挙により圧倒的多数により国民党の勝利となり、大国中国の影響により常に圧力がかかり、原住民の不安は消えない現状である。このような台湾(中華民國)の国内情勢下にあって、私達慰霊訪問団一行46名は台北、台南、高雄、台中、新竹で現地の方々の出迎えをうけ、心温まる歓迎をいただき正に異国とは思えない親善友好の慰霊行事で台湾の原住民の方々は「心許せる友人同様」という感を深くした。そして現地住民一般、中でも識者の方々は戦前の日本精神を堅持され、今日でもこの精神が息づき識者の方々から逆に「日本どうした」という忠告さえ与えられるのではないかという感さえ持ったひとときでもあった。日本と台湾はそれぞれ独立した二国ではあるが、精神的つながりの上では正に一国であると言える親善友好の国柄であろう。真の歴史的史実を知らずして真の外交は不可能であろう。行く先々の訪問地での実態と感想は当訪問団の先輩格でもある日高誠兄にゆずり、小生自身は全般的な感想にとどめた。いよいよ最後の締めくくりとなりましたが、訪問してきた各慰霊地では団員ひとしく「君が代」と「海ゆかば」を合唱し、そのあと小菅団長は訪問した各地各地の住民の方々への歓迎にこたえ、第12回を積み重ねてこられたご経験と、もちまえの英智と人徳でもあろうが、極めて行き届いた、然も心のこもった内容の答礼のご挨拶を述べられていたが、現地住民のご参加の方々も、ひとしく私達慰霊訪問団の現地に対する心の配慮を感じて頂いたのではないだろうか。

以上私は今回、慰霊訪問初参加の一員として率直な全般的な感想にのみとどめ、先輩団員の日高誠兄にバトンタッチを致し各所訪問先でのことについては割愛することにした。日高兄と同行したことは何よりの幸いであった。なお本慰霊訪問に関しては平成20、21年に参加をされた陸軍航空士官学校の同期生の谷尾侃兄の数々の助言に対しても感謝の意を添えると共に団長はじめ団員御一行の皆々様との、はじめての出会いと在台中およせ頂いたご好意に対しても心からの謝意を表し筆をおく。

第12次 団員の声(感想文)全26件

訪問次で探す

お問い合わせお問合せ