団員の声(感想文)

第21次台湾慰霊訪問団に参加して

第一班 津田班 森澤満子

前回の旅は歴史を全く知らなすぎる自分を恥じました。今回は私の残り少ない日々を如何に生きるべきかを考えさせられました。

芝山巌事件以後、第一次講習員として40数年を娘(私にとっては叔母)と教育に携った祖父、坂根十二郎ですが、母・私・息子・孫へと引き継がれたDNAがどの様に後生に受け継がれていくのか考えさせられました。

祖父がその生涯で困難に直面しながらも、如何に悩みながら歩んできたのかを当事者になって考えると、共に生きた先人への感謝の思いを呼び覚され、今日まで築き上げられてきた歴史を、自分たちがどの様に受け継ぎ、発展させたら良いのか、歴史を他人事ではなく自分自身の問題として捉えるべきだと改めて気が付いたのでした。

統治時代に台湾の為に粉骨砕身された鳥山頭ダムを造った八田與一技師は、56歳で米海軍の魚雷を受けて亡くなりましたが、台湾の人達は毎年5月8日の命日には追悼式を催されているとのこと。台湾の人達は80数年経った今も恩を忘れていないということです。

先の東日本大震災、熊本大地震でも世界最高額の民間義援金が寄せられました。恩を知り、恩に報いようとする人達の心は、人口僅か2300万人の台湾国が活力とバイタリティーに溢れている民族だからなのでしょうか。

世界では未だ悲惨な戦いが繰り返されていますが、わが国が戦後復興を遂げ、平和と繁栄を極められましたのも、我が国に日本人として共に戦い、きっときっと生きようと思っても生きられなかった短い人生を、国の為に戦死された方々がおられたからこそだと感謝し、各地の慰霊碑の前で沢山の御霊に近づかせていただき、痛感させられました。

末筆になりましたが、小菅団長様亡き後、昨年の旅と変わらない綿密な段取りと計画を整えていただきました原田・田口両団長代行様はじめ学院の皆々様、衷心より感謝申し上げます。本当に有難う御座いました。

第21次 団員の声(感想文)全26件

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