団員の声(感想文)
初めての海外旅行は心に残る慰霊の旅
第六班 柏田班 松葉邦子
ある日の午後、社長のデスクに呼ばれ「松葉。お前を台湾に連れて行くからな」と資料を渡されました。「ただ、観光旅行じゃないぞ」と言われこの慰霊の旅への参加命令を受けました。過去に社長が参加した時の事や、社長の奥さんからの事前の説明を受けました。他にも社員がいる中で、私を連れて行く意味を考えました。「しっかり学べ」という事だろうと思いました。
初めての海外旅行、出発前はかなり緊張していました。桃園空港に着いた時、社長に「どうだ海外は?」と聞かれ「まだ実感が湧きません」と返事をしました。ホテルに到着した頃には、道路が逆とか独特の匂いで日本との違いを多少感じていました。
初日は先発隊との合流がホテルだったので、同室の森岡さんに会うまでどんな人だろうとドキドキしていました。年齢の近い気さくなお姉様で安心感を覚えました。帰ってからもメールをするくらいに仲良しになれました。
親日国と言われている台湾ですが、どの程度の親日なのかは想像も付きませんでした。行程を消化していく度に、日本人より日本の事が好きなのでは?と思えるくらいの親日でした。私は高卒で航空自衛隊の婦人自衛官として7年勤務しました。普通の女の子よりは愛国心もあったと思いますが、台湾の方々には頭が下がる思いで一杯でした。
親族の戦争体験者がいませんのでリアルな戦争体験の話は聞いたことがありませんでしたが、小倉社長に話を聞いたり、靖國神社に連れて行って貰い、日本会議の資料をたまに見る中で色々な事を学びました。
今回は、行く先々で事前の説明や訪問先でのお話を聞いて、真実はそうだったのかと思うことが多々ありました。日本人は台湾人の為に一所懸命働き、その働いた日本人を台湾人が祀ってくれました。そして戦争が終わって70年経過しようとしている今でも日本を大切にしてくれているという事実を知りました。台湾人であろうと日本人であろうと、人として何も変わりはないと私は思います。死んだ魂は時代が変わっても永遠に弔いを続けなければならないし、先人に感謝しなければならない。自分の周りの人間を大切にしなければならない。そんなことを自分なりに考えました。今、自分に出来ることがあるとすれば、両親を始め私に関わってくれる人を大事にする事だと思います。そして台湾で学んだことを家族や友人に話したいと思います。
参加された皆さん全員とお話をすることは出来ませんでしたが、心に残る旅行になったと思います。そして、この機会を与えてくださった小倉社長に感謝しています。ありがとうございました。
第16次 団員の声(感想文)全25件
- 台灣との絆の深さ(松俵義博・松俵茂子)
- 台灣には心を呼び込む大きなものがある(永田昌巳・永田タマミ)
- 芝山巌事件と六士先生 ― 日本を映す鏡 台灣(木村秀人)
- 慰霊訪問団員としての自覚(下田健一・下田純子)
- 日台次世代の新たな日台関係の構築を(原田泰宏)
- 6分6秒6を戦い抜いた英雄たちの物語り(小倉和彦)
- 参加すればより良い日本人になれる(大山猛)
- 日本人が失っている大切な精神との出会い(津留毅)
- なにおもふ きみのまなこに わがまこと(永濱浩之)
- 感謝状(永濱武司)
- 日本人であるということは嬉しくて有り難いこと(舩津邦彦)
- 祖父の面影にふれる慰霊の旅(松下美佳)
- 魂を磨き学んで行きたい(前田マツヨ)
- 反日教育の怖さと真実を伝えることの重要性(向井百合子)
- 台湾へ慰霊訪問(吉田周司)
- 烏来の山々に響く魂籠る「君が代」(吉田喜久子)
- 日本の心と時代の決意を伝えてゆく(森岡敬子)
- 人生が変わる旅(名越譲治・名越美智子)
- リップンチェンシン(髙間光廣)
- 日本の若者達に慰霊訪問を薦めたい(関文彦)
- 天からの御褒美、台湾慰霊の旅(鶴澤美枝子)
- 大きな母の胸に、温かく包まれた気持ち(富原浩)
- 体感できた日台の生命の絆(桐谷勝)
- 継続は力なり―慰霊訪問にマンネリなし―(岩本宣善)
- 初めての海外旅行は心に残る慰霊の旅(松葉邦子)