終戦記念日護国神社家族参拝に参加して

福田章枝

令和4年度も福岡県護国神社で終戦記念日にお参りをすることができた。日本人講座ならびにスタジオ日本日曜討論番組を支える会で学ばなかったら英霊顕彰という大切なことから離れた生活を送り続けていくところであったと思う。実は私の故郷に伊集院護国神社がある。私を育てた父(大正元年生まれ)は、5歳の時一家でその神社の前で写真を撮っている。私は父から譲り受けたその写真を居間にかけている。その伊集院護国神社の前を通ってお墓参りをするのでそれまで気づかなかった石碑の文言に改めて英霊顕彰の大切さに思いを馳せた。この神社は戊辰戦争戦没者ならびに国事公職に殉職された者を祀るために明治2年7月29日に創建されている。このできごとは、父からよく聞かされていた。この神社の入り口には実に大きな石碑が建立されている。そこには大東亜戦争で殉職された英霊の氏名が記されている。

百科事典で調べてみると護国神社とは、「国事および戦争殉難者の霊を祀った神社」と書かれている。戦争はあってはならないことであるが、今こうして生かされているのは神様によってであるのは言うまでもないことであるが、国を護るために殉難した英霊に追悼と感謝の念を捧げることが大切であると、この歳になって目覚めている。まずは自分の子供たちに働きかけていきたい。

参拝の後、硫黄島の戦いに臨まれた宮原 泉さんのスピーチに預かることができた。今年は「日本語を大切にしてほしい」と私たちに力強く語られた。青山繁晴氏の著書「ぼくらの祖国」に帝国陸軍栗林忠道中将率いる2万1千人の兵が、日本を、日本の家族を守るために硫黄島で壮絶な戦いに臨んだことが書かれている。今は亡き小菅亥三郎氏は、私たちに英霊を二度死なせてはならないと語ってくださった。これが遺言になったと私は思っている。

参拝者の声(感想文)(全29件)

敬称略50音順。但し、家族は「長幼の序」に従った。

戻る
お問い合わせお問合せ