保安堂

エピソード - 故郷へ霊運ぶ軍艦模型~保安堂

祝詞は「軍艦マーチ」

高雄市は天然の良港を有し、西南に海が広がり、南北に愛河が流れる「水の都」として栄えた台湾第2の都市である。今では高層ビルが林立するアジア有数の国際都市に変貌したが、その一方で少し路地に入ると日本統治時代の日本式木造家屋が見受けられ、明治、大正、昭和の日本の匂いの残る町並みが何故か懐かしい。そんな高雄の郊外に保安堂(海衆廟)がある。海衆廟とは、海で発見された身元不明の遺体を祀るところで、地元の漁民は漁に出た時、網に遺体が掛かると、この海衆廟で弔った。

戦後まもなくのことである。大東亜戦争時に沈没した大日本帝國海軍艦艇のある沖合いで漁をしていた漁民の網に2つの頭蓋骨が掛かった。漁民はその頭蓋骨を丁寧に引き上げ埋葬し、手厚く供養した。すると、それ以降、大漁が続いたため、昭和28年(1953)には保安堂を建設して祈りを捧げ、いつしか守り神として信仰を集めるようになった。

昭和43年(1968)、蘇現という年老いた漁夫が朝早く出漁したときのことである。その日は湿った空気が流れ込んで妙に蒸し暑く、つい船上で居眠りをしてしまった。すると、夢の中に弔われた2人のうちのひとりという男が現れた。「私は日本海軍38号哨戒艇の艦長だが、大東亜戦争で戦死した。ついては帰国したい。船を造ってもらえまいか」と告げた。

こうして平成10年(1998)、満艦飾の軍艦模型が完成した。全長2メートルほどの大型で、電源を入れると4つの砲台がくるくる回り始める。当時、日本海軍が持たなかったミサイルまで載せ、漁民たちが霊が喜ぶよう想像を凝らす姿が目に浮かぶ。船体には「にっぽんぐんカん」と記されて、御神体同様に安置されている。日本に帰れるようにとの思いを込めて造られたもので、漁民は海の安全や大漁を願って朝晩に祝詞として「軍艦マーチ」を流す。

保安堂は高雄港洲際埠頭の建設に合わせ、平成19年(2007)の旧暦9月19日、もともとあった小港區から鳳山區に場所を移した。建物の正面には富士山と櫻、江戸時代の浮世絵に見られる日本女性の美人画が描かれている。また遷宮にあたり、内陣には台湾慰霊訪問団の松俵常任顧問の奉納された2本の龍柱が廟を支えている。お堂には龍柱の沿革の銘板も設置されている。

保安堂を守る周辺の人たちは、艦長の眠る靖國神社に参拝するため何度も日本に足を運んでいる。日本人を神様として祀る廟は台湾には多く存在する。そして、ここまで日本人を慕う国は台湾をおいて他にない。

高雄保安堂の御神体についての調査報告

【38ニッポングンカンについて】

祀られている軍艦模型にある38という数字からまず船籍をさがしてみると、現在資料で確認できる日本海軍の船籍で第38号とつくのは

1 第38号 哨戒艇
2 第38号 掃海艇

の2隻である。

【第38号哨戒艇について】

大正11年(1922)8月22日 
駆逐艦『蓬(よもぎ)』として石川島造船所で竣工。

昭和15年(1940)4月1日 
佐世保にて改造、第38号哨戒艇に改称。

昭和19年(1944)11月25日 
1時15分頃、マニラから高雄への輸送作戦に従事する「さんとす丸(満珠丸)」の護衛中、バシー海峡にて米海軍の潜水艦アトゥール(SS403) の雷撃により沈没。艇長の高田又男予備大尉 以下145名が戦死。

※参考:JACAR『昭和19年2月7日~昭和19年11月25日 第38号哨戒艇戦時日誌戦闘詳報(3)』アジア歴史資料センター

【第38号掃海艇について】

昭和19年(1944)6月10日 
藤永田造船所で第38号掃海艇として竣工。〔昭和16年(1941)、第423号として建造)

昭和19年(1944)11月19日 
深夜、高雄の西南沖(21°21′N/119°45′E)で米海軍の潜水艦アトゥール(SS403)の発射した魚雷4本中、1本を受け爆発し、3分後に沈没。

昭和20年(1945)3月10日 
除籍。
船籍記録しかなく詳細は不明。

※沈没場所並びに漁民の網に掛かった状況から、この2隻のいづれかの可能性が高いと思われるが、第38掃海艇については、詳しい資料が残っておらず、現在調査中です。

【平成26年11月15日現在】

※平成25年(2013)11月23日、第15次台湾慰霊訪問の旅で私たちは、保安堂の趙麗恵氏より、「38ニッポングンカン」の特定を依頼されました。そのため訪問団は各方面に働きかけ、調査しましたが特定するまでには至りませんでした。しかし、有力情報として、「38ニッポングンカン」は「第38号哨戒艇「蓬」(よもぎ)」で、艦長、高田又男予備大尉以下145名ではないかというところまで辿りつき、翌年の第16次訪問の折、報告した次第です。これはその時の報告書です。

※その後、調査の結果、「第38号哨戒艇「蓬」(よもぎ)」の艦長、高田又男予備大尉以下145名の名前が判明し、今年、保安堂建廟70余年を記念して海上招霊法会を実施する運びとなりました。尚、廟の傍らにある145個の提灯は乗組員の御霊です。一日も早く、御霊がご家族の元へ戻られることを祈ります。

※平成30年(2018)9月30日一部校正。

(文章:五郎丸浩/第20次結団式)

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