澄清湖

エピソード - 澄清湖 ~ 「台湾の西湖」と呼ばれる人造湖

かつては蒋介石の別荘地

その美しさから「台湾の西湖」と呼ばれる澄清湖は、高雄市郊外にある人造湖で、かつては蒋介石の別荘地(澂清楼)でもあり、年間100万人が訪れる景勝地である。敷地面積は約375ヘクタール、水域面積約103ヘクタールの澄清湖の周りは、7キロに亘って環状路が整備されている。この沿線区域は「澄清湖八景」として8つのエリアに分かれている。湖そばの小高い丘に建つ7層、高さ43メートルの中興塔の最上階から見える湖の風景はすばらしい。

澄清湖の水は、もとは「曹公圳」という水路の農業用水だった。その後、日本統治時代の末には軍事用そして、工業生産用の水の必要性が高まり、昭和14年(1939)に供水設備が増やされ、昭和21年(1946)には「高雄工業給水工務所」として設備を整え、再び供水をはじめた。澄清湖の土地は、近郊住民の開拓や樹木伐採によって泥砂が積もってしまい、毎日供給できる水は1万トン足らずとなってしまう。それでも何とかアルミ工場などへ水を送り続けていた。

昭和26年(1951)、政府の経済発展政策で、工業用水の需要が増えたので「台湾省高雄工業給水廠」となり、公共事業を行うため政府の下に置かれることとなった。政府からの補助や整備、供水設備などが増えたことで、1日の供水量も4万トンに増加した。その後、澄清湖の周りで占用されていた土地を取り戻し、農村復興委員会と共に造林や周辺道路などの整備が行なわれ、昭和48年(1973)には政府の命令により水道事業を行う「台湾省自來水公司」が設立され澄清湖を管理することになった。

澄清湖は、その景色の美しさから昭和29年(1954)にほすでに多くの観光客で賑わっていたそうだが、昭和34年(1959)に正式に観光地として一般に公開されるようになった。

(文章:五郎丸浩/第20次結団式)

お問い合わせお問合せ